デス・オーバチュア
第106話(エピローグ2)「去る者来る者」





「そうか、問題は反りか……ちっ、これだから現実的な物質は融通が効かなくて嫌なんだよ」
白熱する物体に槌が叩きつけられる。
「赤熱状態じゃ駄目だ、この白熱……融解直前の状態の間に一気に打ち上げる! もっとだ! もっともっと熱く激しく! 燃え狂えっ!」
ルーファスは楽しげに融解寸前のその物体に槌を叩き込み続けた。



その山の山頂の庵には、この世のものとは思えない程の美貌の鍛冶士が住んでいる。
鍛冶士……この世一の武器職人が同じく女神のように美しい一人の女性と共にこの庵に住んでいるのだ。
……という噂は半分は真実だが、残り半分は誤解も含んでいる。
確かにその庵にはこの世一の武器職人が居ることもあるが、彼はここに住んではいないのだ。
ここはその男にとって仕事場であり、武器庫に過ぎない……。



「たく、気軽に折ってくるなよな。もう直してやるのは今回で最後だからな。大体、物質的な方の刃はあくまで飾りなんだよ! 飾り!」
「……すまない……」
ルーファスは紫の髪と瞳の少女ネツァク・ハニエルと向き合っていた。
「まあいい、アレを打ち上げるついでに直してやった。替え刃も五、六本作っておいてやったから、もう二度と来るなよ。強い奴と殺し合う時は最初から刃を外してやりあえ」
ルーファスは縦長な大きなバックをネツァクの前に転がす。
「……すまない……世話をかけた……」
ネツァクはバックを肩に担ぐと立ち上がった。
「餞別に服も一式用意してやった。あの堕天使を呼んでくるついでに着替えてこい」
「……解った……」
ネツァクが部屋から出ていくと、数分後、銀色の天使が部屋に入ってくる。
「……ルーファス様……」
「まあ、座れ」
銀色の天使マルクト・サンダルフォンは、言われたとおり、ルーファスと向き合うように腰を下ろした。
「たく、お前も無茶な注文しやがる。聖も魔も、何の属性も持たない、それでいて神柱石やオリハルコンとも渡り合える刀を作れ? どんだけ無茶言っているのか解っているのか? 鋼……鉄といった普通の地上の金属で神の金属や魔法の金属でできた武具と同等の武具を作る……この世の法則と矛盾しているぞ」
「……解っています……ですが……」
マルクトは自分の横に置いてある極東刀にちらりと視線を向ける。
「ああ、その刀か。別にその刀と同レベルの物でいいなら作るのは難しくない。だが、そいつは今お前が言った条件を満たしていない。そいつは無銘ながらかなりの業物だ……いや、なまくらをそこまでお前が鍛え直したのか? 何にしろ、そんなんじゃまともに打ち合うこともできないだろう?」
「打ち合う?」
マルクトはそこまでを望んだつもりは、注文したつもりはなかった。
今まで使ってきた極東刀と同じように、上手く受け流せば少しは保つ程度の極東刀を作って貰えれば……程度に思っていたのである。
「ほらよ、こいつが限界だ」
ルーファスは白木の長い棒をマルクトに投げ渡した。
「……これは……」
白木の棒を両手でそれぞれに引くと、輝く白刃が姿を現す。
「仕込み杖?」
「苦労したぞ。直刀だと……反りがないと居合いはできないんじゃないかと思ってな。見た目不自然に曲がった棒にならないようにしながら、居合い可能にするのは……」
「いえ、別に居合いはどちらでも……まあ、確かにできた方が都合は良いですが……」
片刃の直刀がその真の姿を現していた。
その刀身の模様が、輝きが、今まで見てきた『刀』とは根本的に違う、物凄く異質な輝きに見える。
「……これはいったい……何で作られたのですか?」
「メインの素材は隕鉄(いんてつ)だよ。天降鉄(てんこうてつ)とか星鉄(ほしてつ)とか色々呼び名はあるが要は隕石……星の欠片だよ」
「星の欠片? 夜空に輝くあの星ですか?」
それが、この不可思議な輝きと美しさの秘密なのだろうか?
「科学的に言うならニッケル鋼、またはダマスカス鋼……普通の鋼より硬くて軽く、腐蝕や錆に強い希有な金属だ。その代わり、刀にするには適さない金属でな、普通の刀みたいに赤熱……低温で折り返し鍛錬するのではなく、白熱融解直前の状態で一気に打たなければならないは、最適温度と不適温度の間は、わずか30〜50℃程度の差で……まあ、とにかく苦労したんだよ」
マルクトは不可思議で幻想的な刃を鞘へと戻した。
「神界の石である神柱石、魔法の金属である重圧変化金属(オリハルコン)、魔法銀(ミスリル)、それに重いことを除けばこの世で最高の銀にして鋼である神銀鋼……それらを除いた場合、そいつが最強の素材だ。銀や金や金剛石は理屈の上では鋼……鉄より固い気がするが、実際にそれで武器を作っても、鍛え上げられた鋼には劣るからな……」
「ええ、確かに金や金剛石などなら斬るのは容易いことです」
技術、タイミング、気合い、それさえあれば地上の物資的な硬度の法則など容易く凌駕できる。
だが、神柱石やオリハルコンが相手ではそうはいかないのだ。
神の金属、魔法の金属、それはそもそも地上の物質とは根本から構成が異なり、地上の自然界に存在する物質では凌駕することは絶対にできない。
存在の次元の違い、超えられない絶対の壁があるのだ。
「まあ、そいつなら、神柱石はともかく、オリハルコンぐらいなら……お前の腕なら斬れるさ……多分な」
「……多分ですか……?」
「誤解するな、ただの物質として転がっている場合ならまず間違いなく簡単に斬れる。問題は武器の形を取り、ちゃんと使いこなせる所有者の手にある場合だ……その場合は、相手の実力がかなりお前に劣る場合以外斬るのは難しいだろうな」
「そういうことですか……充分です……充分すぎる刀です。有り難うございました、ルーファス様」
マルクトは深く頭を下げた後、立ち上がる。
「待て待て、慌てるな。オプションもちゃんと持って行け」
ルーファスはどこからともなく、大きなアタッシュケース……旅行用の鞄を取り出すと、マルクトの前に差し出した。
「……オプションですか?」
「いいから、開けて見ろ」
「はい……」
マルクトは言われたとおりに鞄を開ける。
鞄の中には、モップや竹箒などの『先端』と、衣服らしき物が一式入っていた。
「あの……これは、いったい……?」
「さっきそいつのことを仕込み杖って言ったろ? 杖ならぬ、仕込みモップ、または仕込み竹箒ってわけさ。好きなのを刀の先端に付けるといい」
「はあ……しかし、なぜ、そんなものを……?」
「お前ら、これからいくつも国境を越えて、挙げ句の果てこの大陸から逃げ出すのだろう? あからさまに物騒な刃物を持って……ましてお前の場合、そんないかにも天使ですって感じの衣姿で……検問とか通れると本気で思っているのか?」
「検問ですか?」
「たく、これだから世間知らず……というか人間界の事情を知らない天使様は困る。お前は容姿だけでも充分すぎる程目立つんだよ。まあ、一応お前ら全員分の通行書とかは俺が用意してやったけどさ、国と国の国境はまだしも、大陸から出る際のチェックは厳しいぞ、一応この大陸は鎖国してることになってるんだからな」
そんな細かいことを気にせずに、人外の存在らしく空間転移などを使えばいいように思えるが、アレはあくまで行ったことがある場所や、知っている気配のある場所に限られる。
逃亡……未知の世界、未知の大陸へ逃れようとしている今のファントムの残党達には有効な能力ではなかった。
「……何から何まで……お世話になります……」
「まったく、お前ら全員垢抜けてないというか、社会性皆無だからな……本当面倒臭い奴らだ」
ルーファスはかったるそうに溜息を吐く。
「あの……ルーファス様……?」
マルクトが恐る恐るといった感じで尋ねた。
「ああん? 何だ?」
「前から気になっていたのですが、なぜあなたは私……私達にここまで世話を焼いてくださるのですか? 武器を直したり、作って戴いただけでなく、大陸外逃亡の世話まで……あなたは敵であるクリア側の方なのでは……?」
「別にクリアどころか、地上も、人間共も俺にはどうでもいいことだ。お前らの敵だったのは、お前らがタナトスの敵だったから……ただそれだけのことだ」
「はあ……」
「なんで世話を焼くかって? そうだな……お前らにさっさとこの大陸から出ていって欲しいからかな? ファントムの残党……残影であるお前らにこの大陸をウロチョロされていると、目障りというか……もの凄く邪魔なんだよ」
「…………」
一見、ルーファスの言っている理由は説得力があるようにも見える。
だが、一つ決定的に不自然なところがあった。
邪魔なら、目障りなら、こんな風に世話を焼いて大陸から追い出すのではなく、ただ排除すればいいではないか。
この青年にはそれだけの力があるし、その方がこの青年らしいようにマルクトには思えた。
魔界の双神の一人、光皇ルーファス。
どこまでも冷酷で無慈悲、そして気まぐれな魔皇と伝え聞く、青年らしからぬ心配りだった。
それとも、噂と違って、魔族の皇であるこの青年は優しく、慈悲深いのだろうか?
優しささえも気まぐれのうち?
「タナトスが次の面倒を引き寄せる前に、前の面倒は全て綺麗に片づけておきたい……ただそれだけだ」
「…………」
マルクトにはなんとなく解った気がした。
彼が、自分達を殺さないのも、世話を焼くのも、追い出そうとすることも、全てはあの死神の少女のため……それに集束する。
あの死神の少女と自分達の間に『縁』がなかったら、おそらくこの青年は自分達を『個人』として認識すらせず、ただ視界を塞いだ塵として処理するに違いなかった。
少女のために、面倒な世話を焼いてでも、自分達ファントムの残党を大陸から追い払う。
少女が本心では殺しを嫌がっているのが解るから、自分達を殺さない。
「……全てはあの少女のためですか……」
「ああん? 何か言ったか?」
「……いいえ……それで、こちらの服は……エプロンドレス? え?……ネメシスさんが着ていたようなあの……これは?」
洋服は黒と白だけで構成された露出の殆どない正当なメイド服のように見えた。
「まあ、兄貴のための喪服代わりとでも思ってそれを着てろ。お前の通行書の肩書きは、あのミーティアってガキのメイドだ。ネツァクの奴は護衛な」
「は……はあ……これを着なければいけないんですね……」
「じゃあ、まあ、そういうことでさっさと着替えてこい」
「……はい……」
マルクトは複雑な表情を浮かべたまま、閉じた鞄を持って、ルーファスに背中を向ける。
「着替え終わったら、その仕込みモップの試し斬りも兼ねて、この俺が稽古をつけてやるよ」
「……仕込みモップ……」
その呼び名はあんまりである。
まずはこの刀の名前を考えよう、格好いい名を……と心に決めると、マルクトは部屋から出ていった。




「これが最後の餞別だ! しっかりと目に焼き付けておけっ!」
銀髪のメイド……マルクトは尻餅をついて、呆然とルーファスを見つめていた。
ルーファスの左手に握られていた細身の剣が跡形もなく粉々になって消滅していく。
ルーファスは正真正銘剣術は『素人』だった。
良く言えば我流……早い話が無駄だらけのデタラメな太刀筋である。
だが、それにも関わらず、稽古の間、マルクトはルーファスから一本も取れず、一方的に打ちのめされていた。
ルーファスが特に特種な能力や巨大なエナジーを使ったわけでもない。
正真正銘、ただの剣による打ち合い……にも関わらず、まるで勝負にならなかった。
速さ。
ただそれだけで、彼はマルクトの全てを圧倒するのだ。
光速の剣技。
それは比喩ではなく、彼の場合に限り紛れもない事実なのだ。
認識するだけで精一杯で、避けきることも、受けきることもできない。
しかも、彼が実力の十分の一も出しておらず……思いっきり手加減しているのがマルクトには解った。
彼が全力で剣を振るった瞬間、認識……目で捉えきることすらできなくなるだろう。
無論、彼の剣にも欠点はあった。
軽い、一発一発の威力はたいして無いのである。
けれど、それは致命的な弱点にはならない、威力が無いといっても、それは一発でマルクトを跡形もなく吹き飛ばす破壊力はないということであって、普通にマルクトを斬り捨てるだけの威力はあるのだ。
何より、彼の剣は一撃必殺……急所を一発で突く、斬るというのではなく、対象を跡形もなく細切れにすることを目的にしているのである。
一発一発は正確な狙いすらつけていないのだ。
最短の返しなどを意識した繋がりもない。
ゆえに、最初にどこに打ってくるのか、次にどこに打ってくるのか、まったく予測も立たないのだ。
この世でもっとも速く、もっともデタラメで、もっとも恐ろしい……それが彼の光速剣である。
「……今の技は……」
そんな彼が、稽古の終わりの合図のように、最後に見せたのが今の現象……技だった。
「お前にも真似できそうな、俺の技だ。サイレントストライクとホーリークルスだったか? お前の技はどれもいまいちだったからな……こいつを覚えるといい。まあ、今の一度で見切れたのならの話だが……後は独学で頑張るんだな」
ルーファスは稽古は終わったとばかりに、マルクトに背を向けると、彼女を無視して歩き出した。
「……ルーファス様……有り難うございます……」
マルクトは遠ざかっていくルーファスの背中に、聞こえないような小声で呟く。
思ってはいけないと思いながらも、彼を親切だと、優しいと思ってしまいそうだった。
親切と優しさの原因があの少女……あるいはただの気まぐれだと解っていても、まるで自分が愛されているかのような、大切にされているかのような、錯覚を感じてしまう。
「……なんて愚かな……」
彼にとって、自分は目障りで面倒な存在に過ぎないのだ。
これ以上勘違いをしてはいけない。
さもないと取り返しのつかないことになる。
「こんなだから……コクマ様……コクマにつけ込まれるのだ!」
自分はコクマに……兄の仇であるあの男に……密かに惹かれ……仄かに憧れていた。
堕天したくせに、規律に自ら縛られ、他者に服従せずには生きられない奴隷根性の染みついた狗のような天使(私)。
そんな狗である自分には、どこまでも自由に己のエゴだけで生きているあの男がとても眩しくて、魅力的に見えた。
無い物ねだり。
人は自分に無いものを持っている他人に惹かれるという……まったく、その通りだった。
コクマ・ラツィエルとは、マルクト・サンダルフォンが成りたくても成れない……負の理想の存在。
彼の居る場所にまでいっそ堕ちてしまいたいという誘惑に何度苛まれたことか……。
いや、違う、堕ちることができない、堕ちる勇気がないからこそ、あんなに惹かれたのだ、魅力的に思えたのだ。
そして、いまもまた……。
ルーファスに少し親切に、優しくされただけで、勘違いして……心奪われそうになった。
「……なんて……ふしだらな……」
自分の心は汚れている。
もう純粋な天使なんかじゃない、堕天して当然だったのだ、自分のようにふしだらな女は……。
「くっ……」
マルクトは突然右目を右手で押さえた。
右目と右肩が熱い、痛い……。
「解っています、兄さん……兄さんの仇を討つ……それが今の私の全てです……」
手を離すと、マルクトの右目は金色に……ケテルの瞳に変わっていた。



「……やけに親切なのだな……同じ天使のよしみか?」
ネツァクは大木にもたれかかって、ルーファスを待っていた。
「う〜ん、そうだな、確かに出血サービス過ぎるって感じだよな。まあ、別にあの銀翼の堕天使ばかりひいきしたわけじゃないさ。ただお前と違って、あの堕天使がやけに危ういんでな……少しばかり親切にしてやっただけだ」
「……確かにマルクトは危うい……」
「ああ、天使が天使の心のままで地上を生きるのは無理があるんだよ。地上は汚れの塊だからな……くたばった兄貴の方の堕天使と違って、あいつの心には汚れが欠片もない。寧ろ、ほんのちょっとの汚れや誘惑にも過敏に反応し、反応する自分が汚れていると勘違いするぐらいだからな……あいつは天使界で生きた方がいい。まあ、と言っても、堕とされた以上、帰りたくても簡単に帰れるわけないけどな……」
マルクト……いや、サンダルフォンは堕天という行為をしながら、堕天という現象が肉体に起きていないのである。
心が『堕ちて』、汚れていないのに、天から堕(落)とされてしまった天使……その末路は例外なく悲惨なものだ。
地上の汚れに染まって、順序こそ逆だが堕天使になるか、汚れに耐えきれず自滅するかのどちらかしかない。
「まあ、先達……堕ちたものの先輩として少しぐらいは面倒見てやりたくなったのかもな」
「堕ちたもの……お前は天使なのか、堕天使なのか……それともやはり魔族か……?」
「意味のない種族分けだな。そもそも、魔族とは俺とファージアスが生み出した種だ、ゆえに、俺とあいつは厳密には魔族じゃない。そして、俺もあいつも『元』が何であれ、今の種族的性質、構成要素は天使とは激しく異なる。ちなみに、堕天使とは悪魔王エリカ・サタネルの元に堕ちた天使のことを一般的には指す」
「……つまり、答えはどれでもあり、どれでもないモノ……ということか……?」
「そんなところだ」
ルーファスは苦笑とも自嘲ともつかない微笑を浮かべた。
「まあ、あの堕天使はお前ら、『お仲間』で面倒を見てやれ……厄介な恋をしているみたいだしな……」
「……恋?」
ネツァクが怪訝な表情を浮かべる。
「いや、何でもない。それより、お前こそいいのか、クロスの馬鹿の傍から離れて?」
「…………」
「俺には理解できないが、あいつは人気あるからな……いろんな奴にいろんな意味で狙われているぞ。目を離していいのかな〜?」
ルーファスは途端に意地悪げな笑みを浮かべた。
「……解っている……だが、このまま……傍に居ては……」
「自分が抑えきれなくなるってか? いいじゃねえか、欲しければ抱いてしまえばいい」
「……その言葉、そっくりお返しする」
「ほう……言ってくれる……」
ルーファスの顔から笑みが消える。
相手の痛い所を突こうとして、逆に自分の痛い所を突かれたといった感じで、凄く不愉快そうだった。
「……今はマルクトやミーティア達につき合ってこの地を去る……それが最善だと思う……彼女達も心配だからな……」
「自分の恋一つ処理できない奴が面倒見のいいことで」
ルーファスは皮肉げに言う。
「恋か……私はずっとクロスに抱いているのが友情で、アクセルに抱いていた感情が恋かと思っていた……だが、違った……」
アクセルに対して戴いていた感情、感覚は『同志』といった感じだった。
だから、裏切られたと、騙されていたと思って腹が立ったのである。
もし、恋だったのなら、騙されていても、裏切られても、構わない、許せるといった愚かで都合の良い女に成れただろう……けれど、自分は成れなかった。
アクセルとは同じ想いを、目標を持った、対等の存在でいたかったのである。
では、クロスに対する想いはどうかというと……。
クロスの役に立ちたい、守りたい、傍に居たい……考えるまでもなく、こっちが『敬愛』とか『献身』といった『愛情』だった。
自分の性別は女のつもりでいたから、こんなよく考えなくても気づくようなことに気づかず、勘違いをしていたのである。
「……愛情と友情の境……違いはどこなのだろうな……?」
ネツァクは明確な答えを期待したわけでもなく、隣を歩く、愛情にも友情にも無縁そうな青年に尋ねた。
「ああん? そもそも友情ってのが俺には解らないけどね。自他共に、俺には友達なんて一人もいなかったしね」
まるで誇るかのようにルーファスは言う。
「……やはり、聞く相手を間違えたか……」
「ああ! そう言えば一人いたか。ゼノンの奴は俺のことを親友とか悪友って言ってたからな……そうか、解ったぞ、違いが……」
「……あまり、期待はしないが……聞こう……」
「抱くために傍に置くのが『女』で、抱かないのに傍に置くのが『友』だ」
「…………」
ネツァクはこの男に相談したことを心の底から後悔した。



ルーファス的には自信を持っていった発言だった。
なぜなら、前魔王時代、彼の周りに居たのは、居ることができた存在はたったの四人だけ。
煌(ファン)、ネージュ、ゼノン、セルの四人の魔王だけだったからだ。
そのうちの半分、煌、ネージュは彼の『女』でもあったのに対し、後の二人、特にセルなどは彼(彼女)の体が女の時も抱きたいとは、自分の物にしたいとは思わなかった……けれど、傍には常に置いていたのである。
この頃(ある意味では今でも)のルーファスには愛情も友情も理解できなかったが……四人の魔王達は傍に置いても、目障りでも、不愉快でもなく、それが彼にとっては全てだった。
後に、ネージュの妹であるエクレール(後のランチェスタ)が加わったり、ダークハイネス(D)を拾ったりもしたが、この二人はそれぞれ、懲りずに身の程知らずに自分に挑んでくる刺激物と、調教するのが、育てるのが面白い玩具に過ぎない。
さらに後に、煌と引き替えにオッドアイが、ネージュと引き替えにフィノーラが生まれたが、『子』や『親子の情』など愛情や友情以上にルーファスには理解することも、感じることもできないものだった。



「……今のは……確か……」
Dは魔界のとある城の中に降り立つ。
冥界……死界を経由しての魔界への帰郷……まさか、その際に誰かとすれ違うことがあるとは思わなかった……まして、それが顔見知りとは……とんでもない低確率な現象が起こったものだ。
「あら、闇の姫君様じゃないの? お久しぶりね」
前方の闇の中から聞き覚えのある女の声。
「居たのですか、フィノーラ?」
「ええ、居たのよ。あの黒い坊やのお城にね」
ここは、黒の皇子ノワールが住んでいた城……そして、その主を失った今では無人の城だった。
「それにしても、あなたも薄情よね? 私にも教えてくれたって良かったんじゃない」
「……なんのことですか?」
「フフフッ、もう隠さなくてもいいわよ。あれだけの力が放たれれば、ここ(魔界)に居ても解る……ルーは地上に居るんでしょう? だったら、私が迎えに行かなきゃ……邪魔する、闇の姫君?」
闇の中から冷たい風が流れてくる。
「いいえ、わたしくの主人はルーファス様唯一人。ゆえに、たかが魔王に過ぎない貴方に報告する義理もなければ、逆に貴方を邪魔をする理由もありません」
「そう……それなら、今まで私を謀っていた罪は不問にしてあげる。あなたと遊んでいる暇なんてないもの……一秒でも速くルーに会いに行きたいから……」
熱い吐息のような声と共に、闇の中から気配が薄れていった。
「フィノーラ、いいことを教えて差し上げましょう。わたくしはここに帰ってくる途中、三人の人物とすれ違いました……ちなみに、三人とも顔見知りです」
「つっ!?」
「先を越されましたね」
Dが上品に嘲笑う。
舌打ちと歯ぎしりの音、けれど、フィノーラは闇の中から姿を見せることなく、そのまま気配をこの場から消した。
「かくして魅惑の白鳥は飛び立った……フフフッ、お気をつけくださいね、タナトス様。フィノーラはわたくしと違って、話の解らない愚かな女ですよ」
Dは遙か遠く地上の少女へ届くはずのない忠告の言葉を囁く。
「さて、聖魔王の坊やの方は気づいているのか、いないのか……もし、気づいていないのなら、教えて差し上げましょうかしら?」
舞い散る無数の黒い光の羽と共に、Dの姿は闇の中へと掻き消えた。







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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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DEATH・OVERTURE〜死神序曲〜